クノン

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今日は雨。その雨をやさしく見守るようにその建物はたっていた。外壁はイタリアのアマルフィの美しい建物のように左官の鏝で軽やかでありながらも繊細な模様を描いている。だれもがこの建物を見たら、振り返るであろう。そして、そこに住む人は、そのアマルフィの恩恵を感じずにはいられないのである。

入り口の扉は、中世ヨーロッパの城を思わせるように品が高く、どんな悪者も寄せ付けないオーラを醸し出している。その扉に手をかけ、ゆっくりと開く扉にこの建物の今までの歴史を感じ取ることができるだろう。そして、扉の奥に広がる未知の領域に気持ちの高ぶりを抑えることができない自分がいるのだ。

中庭は多くの真っ白な玉石が私を迎えてくれた。その玉石たちはこの雨の中、私がこの場所にたどり着くの待っていたのだと思うと、そのやさしさが伝わってくるのである。その優美な中庭をぬけて、目的の場所にたどり着くにはある難関を乗り越えなくてはいけないのである。それは私のすぐ目の前に現れた。

私はここまでの道のりでたくさんのことを経験してきて、体は非常に疲れていた。いや、体だけでなく心も疲れていたのであった。その私がこの難関を乗り越えられるかどうか半信半疑であったが、自分の可能性を信じて、第一歩を踏み出してみたのである。そうすると予想だにしないことが起きたのであった。

その階段は私が考えている以上に緩やかなのであった。私は体の疲れを忘れ、その階段を一気に駆け上がってしまったのである。その力がどこから湧き上がってくるのか私には理解できなかったが、ひとついえることは、その階段はとても登りやすいということであった。階段と別れを告げた私は次を目指した。

その玄関ドアは、真っ白であった。しかし、ところどころに風雪に耐え抜いた痕跡が見受けられたが、そんなことは私には関係なかった。ゆっくりとそして確実に鍵を開けた。私の到着を待っていたこの部屋は静寂に包まれていた。部屋の3面の窓から心地よく降り注ぐ明るさは外が雨であっても関係なかった。

玄関脇には十分すぎるほどのシューズクローゼットがあり、それは靴だけでなく鞄も収納できるほどの広さがあった。そのクローゼットの上部には、ブレーカーがあった。ブレーカーを上げるまでもないほどの明るさが部屋には満ちていたが、私は思い切ってそのブレーカーを上げてみたのである。そのときに!

私の足元に何か暖かいものを感じた。そこには置き式のライトがあり玄関を明るく照らし始めたのである。私は、その心地よさを感じながらリビングへと入った。リビングは天井が心地よいほど高く、開放感を感じた。そして、心憎いことに部屋の壁が、建物の外壁と同じ左官の鏝で仕上げられていたのである。

その外壁と同じ仕上げの壁と繋がっているのが、なんとキッチンなのである。この絶妙なつながりには驚きであり、さらにキッチンがタイルで仕上げてあるので、その存在感は主張してそうで主張していないというあまりにも絶妙であり脱帽である。そのキッチンが天井からのスポットライトで照らされている。

キッチンからは部屋のすべてを見渡すことができ、その空間の豊かさを感受することができる。部屋は大きく使うこともでき、ベッドルームとリビングルームを二つに分けることもできる。その変幻自在の豊かな空間は、新生活に潤いをもたらしてくれるであろう。やはり、人間は潤いなしには生きれないのだ。

私はさらなる潤いを求めて、浴室を目指した。浴室は部屋の中で一番明るい場所にその存在感を示すように、私の目の前に現れた。それはガラス張りの浴室であり浴室と部屋が一体化し、その浴室の潤いが部屋にも行き渡るかのようであった。確かにガラスは水垢で汚れていた。しかし、それが絵になっていた。

浴室が外部に対してもガラス張りにできるのは、そこが中庭のようになっているからだった。中庭というよりは、光庭と表現するほうが正しいかもしれない。それはこの部屋だけが許された特別なエリアであった。明るい浴室で心を満たされた私は、ベッドルームに戻ってあることに気づいてしまったのである。

このベッドルームの天井には照明器具がない。照明器具がないだけでなく照明器具をつけられるようになっていないのである。このベッドルームではスタンドライトを使用することになる。すこし私は躊躇した。しかし、スタンドライトのあるベッドルームに住むことを夢見た時期があったこと私は思い出した。

外の雨はあがったようだ。心地よい陽がさしてきて明るい部屋がより一層明るさを増してきた。私は窓から外の公園を見ているとあることが気になった。ここのサッシは白なのである。普通はシルバーだ。部屋がより一層明るくなるようにサッシも白を使っているのだ。日差しの中でサッシの白は輝きを増した。

さぁここで住むことを考えますと一番気になるのが収納だ。この手の物件は収納が少なくて住んでみて後悔したことが今までにあった。とりあえず玄関のシューズクローゼットには満足であった。ベッドルームには壁面いっぱいに収納らしき建具があった。その小さくかわいらしい取手を持ちその建具を開けた。

そこには私の予想を超える奥行きのある収納であった。これだけの収納であれば、私のすべての服が収まる。そして、壁面いっぱいの収納であるからその存在を強調していない。ベッドルームを後にしてキッチンの裏に私は向かった。冷蔵庫の置くスペースも問題ないようだ。そのとなりにまたもや建具がある。

その建具は思ったよりも大きい。一体何を収納するのであろうか。そのような期待と不安を私は抱きながらその建具を開けてみると、そこはなんと洗濯機の置き場であった。ここは炊事をしながら洗濯もできるという家事を集約した空間となっていた。その近くにスイッチがあったので押してみる何か音がした。

ブォーンという鈍い音が聞こえてきた。見上げてみるとガスコンロの上のレンジフードがまわり始めた。そのレンジフードは私が今まで見たことがない形をしていた。換気扇が白いボックスで囲まれており、さらに間接照明がついている。これは炊事する楽しみをより一層感じることができる装置となっている。

この部屋は生活することの楽しさを感じさせてくれるところだ。私はその思いと共に自分らしく生活することの大切さをこの部屋から教わった。そろそろ時間だ。部屋を後にし、あの階段を降りて、あの門扉をくぐり外に出た。そして、緑あふれる公園から陽の光につつまれる建物を見ながら新たな決意をした。